新技術によるサプライ・チェイン改革
新技術とサプライ・チェイン
MITのSupply Chain Technologiesの講義では,新技術がサプライ・チェインに与える影響について考察しています.本稿では,日本企業を想定して,新技術が与える影響について考察していこうと思います.ここで考える新技術は,以下のものです(上の図に実用化までの時間と影響度をまとめています).
- 自動運転車
- ドローン
- クラウドソーシング
- ブロックチェイン
- モバイルコンピューティング
- 付加製造(3Dプリンタ)
- ロボティクス
- 拡張現実 (augmented reality: AR)
- 5G
- API (application programming interface)
- IoT (internet of things)
順に考察していきます.
自動運転車
上のビデオは,OTTO社(現在はUberの一部)が,自動運転車によってビールを運んでいる様子です.自動運転は,2016年の時点でも高速道路なら問題ありません.運転手不足に悩む日本では,この技術の実用化が待たれるところです.
この技術の実用化の最大の問題は規制です.日本政府と官僚たちは,新しい技術の導入には極めて消極的です.規制緩和によって,高速道路だけでも完全自動運転で輸送できるようになると,サプライ・チェインに大きな変革をもたらします.
まず,ドライバーの休憩時間が必要なくなるため,長距離をノンストップで輸送することが可能になります.さらに,一定の速度で走るため燃費が向上します.これによって,幹線便の距離が伸び,かつ安くなります.そのため,幹線ネットワークの大幅な変更が必要になり,中継地点(ベース,ハブ)も高速道のそば(規制が緩和されれば中)に設置されるようになるでしょう.
自動運転のトラックの稼働率を上げるためには,現状のトラックではなく,トレーラー型の輸送機器に切り替える必要も出てきます.中継地点の設備も自動運転車の運用に適したものに変更する必要があります.
幹線便以外での自動運転車の運用は限定的なものになるでしょう.自動運転ロボットが玄関の前に荷物を置くことや,顧客が近所に来た自動運転車から自分で荷物を持っていくというのは,あまり普及しないと考えられます.
この技術は,この先10年から15年先の実用化で,サプライ・チェインに対する影響は大きいものと思われます.
ドローン
ラストワンマイルの配達にドローンを使うことが流行っています.実際に AmazonはAmazon Primeの高速配送にドローンを利用しようとしていますし,UPSは充電器をつけた車から何台ものドローンを飛ばして配送する方法の実験をしています.
どの企業も実験には熱心ですが,なかなか実用化まではたどり着かないようです.規制も問題ですし,安全面の問題もあります.日本では,配達時にサインが必要だから無理だと言われていましたが,コロナ禍でその必要性も薄れてきました.日本で問題なのは規制と電線です.
ドローンは短距離しか飛べずに重いものが運べないので,その運用は限定的になります.緊急時の超高速輸送は有効ですし,病院間の検体輸送では成功している例もあります.一方で,日本で運用を始めたゴルフ場でのボールや飲料の輸送は,あまり成功していないと思われます.
重要なことは,ドローンの特性を理解し,通常の配送をすべて置き換えようとするのではなく,補完的に用いることです.この技術は,すぐにでも使えますが,サプライ・チェインに与える影響は限定的であると思われます.
クラウドソーシング
クラウドソーシングとは,インターネット経由でアウトソーシングサービスを調達することを指します.サプライ・チェインでの代表例は,ラストワンマイルの配達で,Uber EatsやInstacartが代表的です.
上のビデオは,Instacartの買い物代行を取材したニュースですが,米国ではAmazonやWalmartの対抗馬とみなされています.
日本ではまだあまり普及していませんが,規制が緩和されれば,高齢化社会では必須なサービスとなるかもしれません.大手スーパーや生協は自社で宅配をしていますが,商品の安さや質では中小のスーパーの方が人気があります.自社で配送する力がない企業でも,クラウドソーシングを用いれば簡単にサービスを導入できます.問題点は,十分な規模のサービス提供者を確保できるかだと思われます.
B2Bの輸送や保管業務にもクラウドソーシングが可能です.以下のビデオは,Corgomatic社(輸送)とFlexe社(保管)の例です.
B2Bでも問題になるのは,十分な数の参加者(サービスの提供者だけでなく,顧客も)を集めることです.優れたアイディアをもったベンチャーでも,規模の経済に達する前にサービスを終了してしまうことが多いように感じます.
この技術は,需要と供給のバランスをとるために,アナリティクス(需要予測,需要計画,収益管理,在庫計画,配送最適化など)を駆使することが重要になります.この技術は,すぐにでも実用化でき,その影響は小さいものと思われます.
ブロックチェイン
ブロックチェインはビットコインで有名になりましたが,サプライ・チェインでも,非中央集権型での取引情報の安全な保管方法として使うことができます.
特に,企業間の電子商取引のグルーバル化に伴い,トレーシビリティや可視化のために,ブロックチェインを取り入れる企業が増えてきています.しかし,当初の宣伝の割に,思ったほど効果が出ていないというのも事実です.この技術は,少し先(導入費用が安価になってから)の実用化で,その効果も少ない(MITではその効果大きいと推定していましたが,最近修正しました)と予想されています.
モバイルコンピューティング
モバイルコンピューティングを用いたサービスは,o2o (online to offline)とも呼ばれます.簡単に言うと,スマホを用いたサービスですが,amazon goに代表されるように,実用化が進んでいます.
スマホを使えばどこでもいつでもサプライ・チェインのモニタリングが可能です.もちろんデータはクラウド上で管理し,高速な通信が可能であることが条件です.
スマホでは位置情報も得ることができるので,それを利用した様々なサービスが提供されています.以下のビデオでは,Stanford大のAndrew Ng博士が,中国の洗車サービスを紹介しているものです.
モバイルコンピューティングは,すぐに使えて影響が大きい技術というだけではなく,クラウドソーシングのための必須技術だと考えられます.
付加製造(3Dプリンタ)
3Dプリンタはプラスチックの玩具を作るための装置ではありません.近年では,様々な材料から設計図どおりの物を製造することが可能になってきています.
この技術を使えば,遠くから輸送費をかけて調達するのではなく,いつでも部品を製造することができます.部品の在庫を保管しておくかわりに,必要に応じて製造することが可能になります.特に,新製品のデザインに革命をもたらします.
しかしこの技術の実用化はまだ先です.しばらくは,プロトタイピングのツールかホビーとして使われるかもしれませんが,実用化の暁にはその効果は大きいものと思われます.
ロボティクス
上のビデオはAmazonの倉庫で運用されているkiva systemのロボットです.このように,最近のマテハンではロボットは必須になってきています.特に人海戦術に頼ってきた倉庫内のピッキングは,ロボットが倉庫内業務の一部を代替するようになってきました.
これは単にロボット本体の技術だけでなく,ロボットが協調して動作するような制御技術(強化学習)の進展が影響していると思われます.また単にロボットを導入するだけでなく,倉庫の管理システムや在庫管理,工場の生産計画も変革する必要があります.
いまのところ,コスパの問題で人間が作業している部分が多いと思われますが,近い未来ではロボットと人間の協調なしでは物流が動かなくなっていると思われます.
仮想現実
仮想現実 (AR)とは,人が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術の総称です.簡単に言うと,一時期流行したポケモンGOのようなものです.
眼鏡に仮想現実を付加したガジェットは,色々な企業が提供していますが,なかなか普及しないようです.それよりも,スマホアプリを用いて,消費者が商品を購入する前に「経験」するというサービスの方が普及してきているようです.
倉庫におけるピッキングやトラックへの荷物の積み込み指示は,ある程度使われるようになりました.これもインターフェイスは,ハンディターミナル程度のものが目に負担をかけないようです.
次のビデオは,倉庫内作業に応用している例です.
他にも,店舗での試着や,商品の紹介に応用されています.
仮想現実は,数年後に実用化され,その影響も少なくないと考えられます.
5G
5Gは第5世代のワイヤレス技術のことで,旧来の4Gと比べて100倍以上の容量をもつと言われています.
高速なインフラは,モバイルコンピューティングを加速し,ドローンや自動運転車の実用化にも影響を与えます.各国でその導入に躍起になっていますが,高費用なのが難点です.そのため,少し時間はかかりますが,与える影響は大きいものと思われます.
API
APIはApplication Programming Interfaceの略で,ソフトウェア間で対話をするためのインターフェイスの仕様のことです.
すでに実用化されている技術ですが,今後より広くサプライ・チェインで利用されていくと考えられ,その影響は大きいものと考えられます.
IoT
IoTはInternet of Thingsの略語で,モノのインターネットと訳されます.製品に搭載されたセンサー情報を伝達することによって,自動的に様々なサービスと連動させるもので,すでに実用化されている技術です.5Gの普及によって,さらにIoTの利用も加速するものと考えられます.
ピッキングや包装,輸送の可視化だけでなく,設備の予防保全などでも使われています.色々な現場でアイディア次第で使える技術ですが,サプライ・チェイン全体に与える影響は軽微だと考えられます.